――― 2010年05月18日、朝。『シルクハットをかぶった黒ネコ』 ―――
近ごろ自分の友人の言動がおかしいので、精神科で診てもらおう、ということになったらしい。それで自分たちは、ミッション系の施設を訪れていた。
それは、病院と女子校とが一体になった施設らしかった。われわれを迎えた医者とナースは、『空き教室』と言えそうな場所で、友人に問診を行った。その間にも他の教室では、ふつうに授業が行われていた。臨時の対応だったかもしれないが、やや奇妙には感じた。
われわれ一行は廊下に立って、その診察のようすをうかがっていた。一行とは、自分、自分の母と、そして1人の女の子だ。この子が誰ということは分からないが、いとこでなければ妹のようなふんいきで、異性という感じがしなかった。
で、問診のようすはどうだったかというと…。
医師『ゆうべあなたはiceさんと一緒に出かけたそうですが、どちらまで行かれました?』
友人『みそ』
医師『お出かけされたのは、何時ごろのことでした?』
友人『うなぎ』
実は、答の部分が思い出せないので、いまてきとうに補っている。が、ともかくもぜんぜん脈絡のないおかしなことを、彼はまじめに答えているらしかった。
これは完全におかしいとしか思えない、ああ、オレの友が、芸術の分かる知的な友人だった彼が、こんなふうになってしまうなんて、まるでギャグまんがのキャラクターのような、こっけいきわまる突飛なことを言っている、それというのもひょっとしたら、オレがギャグまんがを好きすぎるせいなのか、いやまさか…!?
そのように自分の想いは衝撃に乱れて、号泣したいような、大爆笑したいような、わけのわからぬ強い衝動に見舞われたのだが。けれども場所がらや連れたちの手前をはばかって、かろうじて平静をよそおったのだった。
そうしてそっこうで入院が決まったらしくて、われわれは廊下の端っこの狭い物置きのような部屋で、何か次の手続きを待っていた。扉が開きっぱなしだったので、そこから近くの教室のようすがちらちらと見えていた。
すると、女生徒たちも多少は好奇心をもって、こちらのようすをちらちらと気にしているようだった。するとやはり、このフロアに患者やその家族が来るのは、珍しいことかのようだった。
やがて、ふと見ると、いちばん近くのクラスは体育の時間になったらしく、生徒たちは体操着に着替え終わっていた。ふーん、体育か、と思って手持ちぶさたな自分が、こっちの部屋の中をふと見ると、余った机が積み上げられているところに、誰かずぼらな生徒がくつ下を、そこに脱ぎ捨てているのだった。
そこで『女子高生のくつ下』、という語感にびみょうないやらしさはあるよなあ、と思ったが。しかし自分がそのくつ下を見ている限り、別にいやらしさなどは感じられなかった。
そしてまたふと見ると、意外なことだが自分らの連れの女の子が、なぜか生徒らと同じ体操着に着替え終わっているのだった。そしていそいそと、『さあ運動するぞ』とでもいうような、はりきり気味の表情をしていた。
それはおかしい、あんたここの生徒じゃないじゃん、とツッコみたい気持ちになった。けれどもそこで、母が『待たされすぎだから』と言い出したようで、そして自分と母は、患者の様子を聞くためにそこを離れた。
この建物は、教室が南側で廊下が北側にあるものとして、われわれが西の端っこの物置き部屋を出て、廊下をしばし歩くとすぐに、やや広い踊り場のような場所に出た。そこから、上下の階に向かう階段が見えていた。そこが建物の東西の中心で、ここを境に東側は、病院の施設になっているらしかった。
その踊り場を、ナース兼シスターのような制服の女性たちが何人か、忙しげに歩いていた。その中には(ふしぎだが)、別の場所で見知った顔もあった。
しかし誰がこの件にかかわっているのか分からないので、自分はまったくのあてずっぽうに1人の職員をさして、『あの人に聞いてみれば?』と言った。そこで母がそうすると、ともかくも対応してくれたようで、彼女らは1つの部屋へと入って行った。
そうして残された自分がふと見ると、踊り場の壁には大きな絵がかかっていた。その画面はやたら黒っぽくこんとんとして、何が描かれたものか、よく分からなかった。すると、どこからともなくそれの説明が、頭の中に流れ込んできた。
いわく、これは100年ほど前のフランスで描かれた、一種のだまし絵である。数回にわたって異なる絵柄が描き込まれているので、場合によって見え方が異なる。まずさいしょに絶世の美女の肖像画が描かれ、追ってその上から、その美女の老いた姿や、また妖怪に変化した姿などが描き重ねられている。その訴えるテーマ性は、人間の命や美貌のはかなさである。
へえ…と思って見ていると、やがてその、やたら黒っぽいとしか思えなかった画面がはっきりと、シルクハットをかぶった黒ネコが、きれいな瞳を輝かせながら、あたかもモナリザのようなポーズで美女を気取っている、そのような絵図に変化したのだった。じっさいよりもはるかに大きな姿のその黒ネコが、額ぶちの内側で、まるで実写のようにリアルに見えていた。
そしてその黒ネコは自分へと向けて、女性の声で語りかけたのだった。
『あたしは、“Mort aux vaches”よ。そんな目で、見ないでくださらない? ウフフ』
これはふしぎだ…と思っていると、自分の頭の中で、このだまし絵のメカニズムを解説する、テレビの教養バラエティ番組のようなものが始まったのだった。
いわく、このトリックは、合成樹脂を加熱すると変色する、その現象を利用しているのである。たとえば、調味料のビンをガス台の近くに置いておくと、意外に熱が伝わった結果、樹脂製のラベルから色が抜けたりする、あのような現象。
といったナレーションがありつつ、その番組は、側面が溶けかけたS&Bの調味料のビンを、大映しにするのだった。へえ…と自分は思ったが、しかしいつまでも同じような、溶けかけのビンのあれこれが映っているので、『中身の乏しい説明が、ずいぶんくどくはないだろうか?』と感じるにいたった。
【補足】 自分のための憶え書き、煩雑なもの、いくつか。
4月30日に自分の母が交通事故に遭い、追って現在まで、千駄木の日医大病院に入院している。自分はそれで、何度も付き添いや見舞いで病院を訪れている。まずその印象が、この夢のベースにありげ。
夢の中でおかしくなってしまった友人は、大学のころにじっさい、そのようなできごとがあった。斎藤茂太のいた病院に、かなり長く入院していた。彼は自分の父親の、もとの同僚の息子だった。何度か自分の家を訪れていて、うちの家族が知る存在だった。
自分が睡眠するとき、いつもアンビエントっぽい音楽を小さな音で、BGMに鳴らしている。CDからパソコンに取り込んだMP3で、長いプレイリストを作ってリピート再生させている。そして目がさめたときには、細野晴臣「銀河鉄道の夜 OST」が鳴っているところだった。『友人との別れ』というモチーフは、それから連想されたものでないとも限らない。
『女子高生のくつ下、体操着』といったモチーフらが登場する。夢の中で自分は、『こういうものをいやらしい記号と考えられなくもないが、しかし現在の自分にはぐっと来ない』、と感じていた。
むしろ自分は、ナース兼シスターの制服の方に、ちょっと来るものを感じていた。なお、この制服のイメージの元ネタは、むかし好きだったPS用ゲーム「ファイナルファンタジータクティクス」かと自覚する。
そしてその『ナース兼シスター』たちの中に見つけた顔見知りは、自分の以前の同僚の、もう60歳近くの太ったおばさまだった。その愛用していた白っぽいターバンが、シスターのかぶりものと重なるイメージになっていた。
この女性、もとは美人だったようなふんいきはあったが…。にしても、その人となりがずぼらで独断的で、自分のペースを他人に押しつけすぎ、かつ仕事ぶりが気まぐれなので、自分とは仲がまったくよくなかった。追って出る『美貌のはかなさ』というモチーフは、そのおばさまに関連したことかもしれない。
とまで考えたら思い出すのだが、『女子高生が脱ぎ捨てたくつ下』というモチーフ。これは通学用のソックスというものでなく、白地に赤っぽいもようのショートソックスで、けっこうはき古されており、いたって日常的なものに見えていた。
で、筆者がある施設に勤めていたころ、女性の同僚たちの洗たく物として、よくそんなのを洗ったり干していたりしたのだった。そこから来ているものとすれば、どうりでつまらなく感じられたわけだ。
そして、黒ネコが、たぶん自分の名前として言う“Mort aux vaches”ということば。このフランス語の発音はどうなのか、自分にははっきりとは分からない。しかし夢の中の黒ネコは、それを正しく発音していると思った。それで何か、『こいつは本物だ』という気がしたのだった。
この“Mort aux vaches”という語は、ベルギーのレコード会社が出している、多数のアーティストが参加した、実験的なポップスの競作シリーズ名だ。それを自分は以前から気にかけているのだが、その語の読み方も『モール・オ・ヴァシェ、かなあ?』くらいにしか分からず、その意味も『~の死?』、くらいにしか分からなかった。いま調べたらそれは、『牛のための死者』と直訳できることばらしかった。
0 件のコメント:
コメントを投稿